30歳前後の頃だったと思いますが、私はしばらくの間、毎晩真夜中の1時47分に目を覚ましていました。
何時に寝ようが関係なく、夜中に一度だけぱっと目が開き、それが必ずその時間だったのです。
今思えば、たまたま同じ時刻に目が覚めることが続き、自分に「また1時47分に起きる」といった暗示を与えていた可能性があります。
この話を思い出すきっかけは、森鷗外の「半日」という小説です~「はんにち」でも「はんじつ」でもどちらで読んでもいいのですが、私は「はんじつ」と読んでいます。
この中に、「Autosuggestion」で目を覚ますというくだりがあるのです。
これは鴎外初の現代小説で、始めから終わりまで鴎外と等身大の主人公、そして鴎外の奥さんがモデルとおぼしきその細君が、嫁と姑の確執を起点とする心理的戦争とも呼ぶべき夫婦喧嘩を繰り広げるという奇妙な話です。
どれ位キテレツかと申しますと、主人公が朝、起き抜けの奥さんの機嫌が悪すぎて天皇様の関連する会合をキャンセルしてしまう、という・・・。
お話の中で主人公、文学博士で大学教授の高山峻藏君の母親が、起きたい時間に「Autosuggestion」で起きるというくだりが出てきます。
自己暗示で起きられるのは科学的にも証明されているようですが、いずれにしても、ホルモンなども関係しているにせよ、試験の前に緊張して眠りが浅くなるような場合とは違い、普通に寝ているところから起きられるのはなかなかすごいことです。
嫁姑の争いとか起床時刻の制御とか、この100年以上も前の小説が妙に生々しく感じられます。
人間の関心事や生理はそう容易に変わるものではありませんが、今もなおその時代の状況が得心できる形で描かれているのは、やはり着眼点や筆の力によるものでしょう。
「奧さんは此家に來てから、博士の母君をあの人としか云はない。博士が何故母さまと云はないかと云ふと、此家に來たのは、あなたの妻になりに來たので、あの人の子になりに來たのではないと答へることになつてゐる。」
~「半日」より
私はこの小説が大変気に入り、全頁に挿画し、ペーパーバックとしてセルフパブリッシングしています。
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(版型は異なりますが、秋山孝ポスター美術館長岡主催のコンペティション「日本ブックデザイン賞2018」セルフパブリッシング部門入選作です。)