美は、とても懐が深く、どこにでも気軽に現れてくれます。 
水をこぼしたら飛び散った水滴もきれいだし、ごみ箱の中の不作為の紙の重なりに感心することもあります。 
ここにいるよ、と控えめにそこかしこで私たちの視線を誘ってくれるのです。 

でも、同時に偏狭なところもあり、創ろうとすると隠れ、あえて見出そうとするとフェイクを出してきたりする。 
思い入れたっぷりだと綺麗に見えるのに、よく観察するとそれほどでもないなど、誰しも一度や二度は経験していることでしょう。 

つまり、美は迎えにいくものではなく、訪れを待つものです。
恐らく、美が好む環境~それは私たちの意識や肉体の状況を含みます~がある。 
乾いたところ、あるいは湿った場所が好きな生物がいるように。 

美の好む環境や条件を少しずつ発見したい。 
美しいものを直接創りたい、というよりも、むしろそのような思いで私はものを創っています。 

この作品は、黒い塩ビ板の上に白い緩い絵具を塗り、皺をよせた紙をあてて跡を付ける技法で制作しました。 
このしつらえを考えたのは私ですが、しかし、得られる図像を完全に制御できる訳ではなく、制御しようともしていません。 

タイトルは「人魚」と言います。
砂浜に残された人魚の鱗のようなイメージを結果として感じ取ったからです。 
作品はコレクターさんの家で暮らしていてもう手元にはないのですが、今でも時々、あの人魚は海辺で鱗を落としたあとどこに行ったのかな、とうっすら想像を巡らすことがあります。